(オールキャラ)




「………エステル………」


エステルが重症を負った。カロルを庇ってのことだった。周りの仲間達は皆エステリーゼの容態を見ては嘆き悲しんだ。エステリーゼの親友であるリタは特にそれが顕著のように思われた。カロルを怒鳴り付け、カロルを責める。カロルは声をあげて泣いていた。カロルは自分を責めたのだ。自分さえいなければエステルがこんな目にあうこともなかったのに、と。アスベルはそんな中、一人淡々とエステルの看病をしていた。まるで何事もないような顔をして、エステルの額に冷えタオルを置いてからそっと呟いた。


「エステリーゼ様、大丈夫です。きっと明日には、治っていますから。」
「なにいってんだお前、そんなわけあるはず」
「大丈夫なんです本当に。お願いです。俺を信じて、明日まで待ってみてくれませんか。」


ユーリはアスベルの言葉を信じることが出来なかった。エステリーゼは深く胸元を刺されたのだ。無事であるはずがない。現に今だって苦しそうに荒い呼吸を繰り返す。「生きているのが不思議だわよ」レイヴンは言った。


しかし翌朝。アスベルの言葉は嘘ではないことが証明された。エステリーゼの傷は夜の間に完治し、朝には何事もなかったかのようにおはようございますといってのけたのだ。仲間は皆エステリーゼの回復を手放しで喜んだ。エステルの快気祝いに何かパーティーを開こうとカロルが提案した時、エステリーゼは辺りを見回してからこう言った。


「………アスベルはどこです?」



***


「………アスベル………!どうしたんだその傷………!!」


エステルの代わりとでも言うかのようにアスベルが重症を負った。誰にやられたのかも分からない。理由を訊いてもアスベルはただただ首をふる。俺は、大丈夫ですから。人よりも少し、丈夫ですから。そんなことを言うばかりなのだ。エステリーゼとフレンは泣きながらアスベルに治癒術をかけ続けた。アスベルは開けるのも辛いであろう目をそっと開けて、ありがとうと一言言ってから深い眠りについてしまった。まるで死んでしまったかのように。その傍らでアスベルの様子をじっと見つめていたソフィは向かいに座っているリタに一つ質問をした。


「アスベル、どうしたの。怪我してる。病気なの」
「………分かんないわよそんなこと………どうしてエステルが急に治ってアスベルが傷ついたのか………でも、でもこのままだとっ、」
「アスベル、治らないの」
「………わかんない………わかんないわ………でも、薬草さえあればもしかしたら」
「………」



アスベルが重症を負ったその夜に、ソフィは薬草を取りに行くと書いた手紙だけを残していなくなった。そのことに対して、リタは罪悪感から涙を見せた。あたしが、あたしのせいだ。あたしがソフィにあんなこと言わなければ。リタはアスベルに向かって叫んだ。ごめんなさい、あたし、あたし。アスベルは瞳を閉じたまま外に出ていこうとしたリタの腕を取り、大丈夫だ、と呟いた。リタはそのアスベルの言葉に激昂した。


「あんたふざけてんの!?そんなわけ、あるはずないでしょ!!薬草のある場所は魔物の巣窟になってて………」
「ソフィなら大丈夫」
「だからっ」
「大丈夫なんだ。ソフィは絶対帰ってくる、俺を信じてくれ」
「………あんた………」



アスベルの言葉通りソフィはその晩に戻ってきた。髪はぼさぼさで、服も所々に泥がはねていたが、それでもソフィは戻ってきたのだ。

だけれどアスベルの状態は悪化していた。背筋を震わせ、食事も喉を通らない。水すらも吐き出してしまう。ソフィはそんなアスベルの傍らにそっと近づくと、アスベルに自分の取ってきた薬草を見せようとした。アスベル、私、アスベルに薬草持ってきたよ。これでアスベルの病気も治るよ。アスベルは目を開けなかった。開けることができなかった。ただ口の端をあげて、ソフィに感謝の気持ちを伝えようと必死だった。それほどまでに弱ってしまった。おかしい。エステルの怪我は外傷こそ酷いものの発熱をきたすようなものではなかった。アスベルの体質の問題なのかもしれないがそれにしても丸1日以上経っているというのに症状は悪化する一方だ。どういうことだ。



ユーリはアスベルに尋ねた。



「お前、ラムダの力を借りたんだな」
「………」
「ラムダの力を借りて、エステルの傷を自分に移して代わりに自分が傷ついて、」
「………」
「ソフィが魔物に殺されないよう自分の力をソフィに渡して自分を弱らせた」
「………」
「そうなんだろ?」


アスベルは何も答えない。肯定も否定もしない。だけれどユーリは無言は肯定の証だと解釈して拳を握った。ユーリにはアスベルの行動を理解することができなかった。何故、こんなことを。


「アスベル、貴方は私の傷を自分に移して、!」
「勝手に…………ごめな、さ………でも俺、は………丈夫だか………」
「アスベル………薬草、薬草飲んで。薬草飲めばアスベルの傷、良くなるって。アスベル………ねぇ、アスベル」


アスベルは頬を無理やり吊り上げてなんとか笑みを作る。それはあまりに不器用な笑みで伝わらない。だけれどユーリには正確に伝わって、漸く理解することが出来た。アスベルが何故、ここまで自分を傷つけ追い込んだのかを。




(なんて顔、してんだよ)




自分が傷ついて、怪我を負って。痛いはずなのに。苦しいはずなのに。きっと彼はそんなことを気にしない。彼は自分のことよりも、なによりも。仲間のことが大事なのだ。


「アスベル……薬、飲めない。このままだとアスベル、死んじゃうよ………アスベル、ねぇ口開けて、ねぇ、アスベル………」
「………ソフィ、その薬、俺に貸してくれ」
「………ユーリ?」
「ユーリ!?」


ソフィから奪い取るように受け取った薬草を自分の口の中に入れて少しの間咀嚼する。ソフィはわけがわからないと言った風に俺の行動を眺めて首を傾げていた。フレンは俺のこれからする行動を予想できたのか、目を見開いてユーリ、まさか、と呟く。さすが親友。ご名答。俺はアスベルの唇にそのまま自分のそれを合わせた。


「ちゃんと鼻で息しろよ」
「ん、むぅ、」


何とかアスベルに薬草を押し付けることに成功し、飲み込むのを確認してから唇をそっと放す。これでひとまず安心だろうとアスベルをもう一度見てみるとなんとまぁ安らかな寝顔。まったくなんというか。勝手なものだ。俺はお前のせいでこれから酷いことが起きそうなんだぞ。わかってんのか。文句の一つも聞かずに眠り姫は規則的な寝息をたてて眠っていた。普通眠り姫というぐらいなのだからキスしたら目を覚ますものなのだけど、俺は王子さまでも何でもないのだからそこは目をつぶっておく。



「………ユーリ、アスベルとキスしたの?」
「ユーリ!!君は何ていうことを………!!」
「ゆ、ゆ、ユーリ!!そういうことはソフィがいなくなってからですね………」
「仕方ねえだろ………急を要したんだからよ………」


予想通りといえば予想通り。優秀な騎士様と本物のお姫様は口々に文句を言って俺を責め立てる。ソフィはソフィで疑問に感じたことをそのまま俺に聞いてきて、最早その場は険悪状態だ。まぁ、それも仕方ないのか。俺は先程の唇の感触を思い出しながら舌を舐める。柔らかい。何て言ったってこの眠り姫は愛されているのだ。拐われたりはしないし、他人を守る力を持っているけれど自分を守ることは決してしないお姫様。誰からも愛され、大事にされる、アスベル・ラントとはそういう人物だ。



「「「ユーリ」」」




3人の呼び声が綺麗にハモったところで俺は笑った。なぁアスベル。お前が仲間を大事にするように、仲間もお前を愛しているよ。だから今は、今だけは安心して眠っとけ。



ーーーでも






「………起きたら覚悟しとけよアスベル…………」





親友に引きずられながらアスベルの部屋を後にした俺は本日何度めかのため息を吐き出す。
きっと今日は眠れないだろう。それは予感ではなく確信だった。傍らでソフィが未だに質問をしてくるのを聞きながらもう1度深いため息を吐いた。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -